2005年4月18日 (月)

南米旅を終えて-ブラジル

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ブラジルは、時間の都合上、イグアスの滝のゲートシティであるフォス・ド・イグアスサンパウロのみの訪問でした。せっかく高い金額かけてビザ取ったのだからもうちょい長居したかったですね。

フォス・ド・イグアスはアルゼンチン側のプエルト・イグアスより大きな街でした。ちょっと坂道が多いな、ってのが印象的でした。真夏なのでちょっと歩くとすぐに汗ばんできてしまうのですが。サンパウロへ行くつなぎで滞在したので、これといって観光はしてないのですが、一つあるとすれば、世界最大のダム、イタイプーダムを見学したことでしょうか。広告代わりなのか、観光ツアーはタダで参加できます。ローカルバスも分かりやすいので、お手軽に安く観光できてしまいます。
宿は、街の中心部にあるJUNG HOTELというエコノミーホテルに滞在しました。一人あたりR$20で、設備はホットシャワー、エアコン、テレビ(なんとNHKが映る!)と充実しているのでかなりのお得感があります。ツインに泊まったのに、なぜかベッドは4つもありました。

サンパウロは皆さんご存知のブラジルきっての大都市です。これまた時間の都合で、東洋人街のリベルダージ地区しか見てないのですが、ブラジルの日本移民の歴史をひしひしと感じることができました。もうすこしゆっくり観光できればよかったのですが、オープンチケットではなかったので、仕方ないですね。
宿はリベルダージにあるペンションナミ。宿泊日数によって値段が変わるのですが、1泊R$20で2泊しました。ドミトリーです。部屋はいくつかあるみたいで、滞在した部屋は窓もあってなかなかくつろげるところでした。

ブラジルは南米旅行の中で素通りした感が否めなくて、なんともコメントがしがたいのが事実です。せっかくビザを取ったのにもったいなかったです。南部のビーチリゾートや、首都のブラジリア、アマゾンなど見所たっぷりなのですが、これらは次回へのお預けですね。でも、いつになることやら。

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南米旅を終えて-パラグアイ

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パラグアイは日帰りでシウダー・デル・エステというブラジルと国境を接している町を訪れました。物価高のブラジル、アルゼンチンから買い物客で賑わうところなのですが、それに伴って治安が悪化している町でもあります。今まで訪れたいずれの国も、国境沿いの町は物価が安い側が治安の悪化に悩まされている、という事例がありました。たとえば、シンガポールと接しているマレーシアのジョホール・バル、タイと接しているカンボジアのポイペトなんかいい例でしょう。しかし、実際に暮らしている人びとは普通に生活しているので、あまり神経質にならない方がいいのかもしれません。ここ、シウダー・デル・エステも見る限りではのんびりと商売やりながら生活している、といった雰囲気でした。ただ、スーパーなんかの入り口では銃を持った警備員がわんさかいましたけど。

キレイに整備されたブラジル、アルゼンチンから入国したので、町の汚れっぷりが目に付いてしまいました。しいて言うなら、アジアの雑踏といったところでしょうか。でも、こっちの方が落ち着いてしまうのはアジア好きの現われでしょうかねぇ。ある程度の緊張感があったほうが刺激的で良かったです。

この国の通貨はグアラニーなんですが、スーパーなんかでは、USドル、ブラジル・レアル、アルゼンチン・ペソも使えました。外貨に依存している体質浮き彫りといった感じですね。

と、このようにあまり特筆できる点がなかったのですが、もし今度訪れる機会があれば、首都のアスンシオンは訪ねてみたいですね。

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2005年3月26日 (土)

南米旅を終えて-ウルグアイ

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ウルグアイでは、アルゼンチンのブエノス・アイレスからラ・プラタ川を越えた先にある世界遺産都市コロニアに行っただけなのですが、アルゼンチンとはまた違った雰囲気を楽しむことができました。物価はアルゼンチンより少し高い感じがしました。レートは失念しましたが、1.2倍ぐらいといったところでしょうか。

コロニア中心部セントロがユネスコの世界遺産に指定されており、観光地化されていました。特にアルゼンチンからの観光客は結構いたみたいです。私が参加したフェリー会社のブケブス社主宰ツアーもスペイン語ツアーがメインでした。追加で払えば英語ツアーも選べるみたいです。往復フェリー代(普通船)、昼食、ツアー代が含まれて、普通船の往復フェリー代を普通に払うより安いです。スペイン語ツアーだったので何言ってるのか全く分かりませんでしたが、町の雰囲気は十分に楽しめたかと思います。

日帰りツアーで行ったので、あまりゆっくりは観光できなかったのですが、時間があれば首都のモンテビデオにも行ってみたかったです。ゆっくりのんびりとして居心地がよかった国でした。

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南米旅を終えて-アルゼンチン

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アルゼンチンはヨーロッパと言っても過言ではないくらいヨーロッパ化された国でした。白人率が高いし、建物もすべてと言っていいくらい欧州建築のものばかり。スペイン人によって一番うまくヨーロッパ化された国といったところでしょうか。物価はチリ並に高かったですが、チリが先述のようにペソ高だったため、アルゼンチンでは少しばかり安く感じました。2005年2月の渡航時はUS$1=$2.9といった感じでした。

ブエノス・アイレスは首都らしく大都市でした。最初に着いたのがバスターミナルだったんですが、これがまた広い広い。後日、プエルト・イグアス行きのチケットを買いに来たんですが、迷いそうでした。ターミナル周辺はレティーロ駅があったり、広場があったりとかなり栄えていました。地下鉄駅にも近いので便利かも。この地下鉄、レトロな雰囲気たっぷりで最初は楽しんでましたが、だんだんと空調設備が無い関係で暑さに苦しむようになりました。空気も循環しないので外気より暑かったりします。街並みはまさにヨーロッパといった感じですが、キレイに整っており観光するには最適です。ただ、犬のフンだけは許せませんが。路面電車が走っていたようで、その名残があります。バスがけたたましく排気ガスを撒き散らして走るところは南米らしいです。

プエルト・イグアスはその名の通り、イグアスの滝へ訪れるためのゲートシティ。といっても、結構こじんまりとした町でした。バスも走っていますが、町中は徒歩で十分。バスターミナルもアルゼンチン各地行き、イグアスの滝行き、ブラジル行き、パラグアイ行きに分かれていて、しかもホーム数も数えるほどなので分かりやすい。真夏なので、イグアスの滝ではめちゃくちゃ暑かったです。国立公園内の移動手段は鉄道があるのですが、基本的には徒歩での観光なので、身軽な格好がいいです。小さなバッグ一つだけだったのに、だんだんとこれが負担になってきました。でも、イグアスの滝の雄大さがそれすらを忘れさせてくれました。それくらいイグアスの滝すごかったです。

宿については、後日記載します。

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2005年3月17日 (木)

南米旅を終えて-チリ

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チリは南米でも発展している国の一つで、治安的にも落ち着いているところです。といっても、ほんの10年ほど前までは軍事政権が支配していた国なんですけどね。南北に長く連なっている国で、太平洋に面しています。訪問したのはカラマサンティアゴの2都市のみ。物価が高くて長居できなかったというのもあります。訪問時はUS$1=$500というレートでした。ガイドブックや旅行者のHP、情報ノートなんかでは大体600ペソぐらいだったのでかなりのペソ高でした。ボリビアから入国したというのも物価を高く感じさせた要因の一つだったかもしれません。あと、急に白人比率が高くなったのにも驚きました。町中歩いているとなんかジロジロと見られている気分が。アジア人って珍しいのかな。たまに話しかけられたと思っても、基本的には中国人と間違われます。

カラマは鉱山の町で、近郊には有名なチュキカマタ鉱山があります。町自体はそんなに大きくはなくて、歩いて十分回れるぐらいです。カラマまではボリビアと国境を接しているオリャグエからバスで向かいました。オリャグエには町は無くて、イミグレのみ。かなりじっくりと入国審査されるので、順番待ちで数時間かかることもあります。宿はResidencial Casa de Huespedes一人$3000。宿のオーナーのおばさんはスペイン語しか通じませんが、気さくで親切な人でした。

サンティアゴは地理の首都で、整備された美しい街でした。南米に入って初の地下鉄にも乗りました。やはり交通網が整備されていると移動は楽ですよね。旧市街付近しか歩いていないのですが、日曜にもかかわらず、フリーマーケットが開かれていたり、露店があったりと人出で賑わっていました。中心部からちょっとでも離れると、日曜特有の静けさに包まれていました。宿はペンション内藤一人US$6。ドミトリーのみです。キッチンも使えます。入り口が分かりにくいのですが、レストランハポンの上にあるので、ここを目指して向かうといいと思います。

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2005年3月14日 (月)

南米旅を終えて-ボリビア

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ボリビアコパカバーナラパスウユニを訪問しました。事前の情報収集では、ストライキの実施や治安的な問題(ニセ警官、首絞め強盗など)が多発しているということで、一番気合を入れていかなければいけない場所だと自覚していました。実際にはストライキは終わっており(実はついこの前もスト実施されていたので、丁度中休みの時期に渡航したことになります。ある意味救われました。)、ある程度周囲に気を配っていれば治安的にも問題は無かったかと思います。リマやクスコでボリビアに行った旅行者に話を聞くと、基本的には「ボリビア人は信用するな」とのアドバイスを頂いてましたので、言い寄ってくる輩は無視し、こちらから話しかけるときもある程度の想定を置いて接するようにしていました。もちろん普通の人たちはみんな良い人でしたけどね。

コパカバーナティティカカ湖に接する町で、ペルーとのゲートウエイの場所になります。のんびりした観光地でぼけーっとするには最適です。トゥルーチャ(マス)料理も格安で味わえるのでオススメです。実は、ペルーとの国境は他にはデサグアデーロという町もあるのですが、事前の情報では警官(ニセの可能性もアリ)による金銭トラブルなどが多発し、治安的にどうかということでこちら側を選んだという経緯もあります。後日、外務省の渡航情報にも掲載されていましたので、おそらく実際にはかなりの頻度で起こっているのでしょう。ペルーのプーノからラパスへ向かう途中に立ち寄った程度なので、ティティカカ湖は眺めた程度で通過してしまいました。

ラパスボリビアの首都で(憲法上の首都はスクレ)、世界で最高所にある首都としても知られています。プーノからのツアーバスで向かい、到着地はバスターミナルではなくサガルナガ通りのど真ん中でした。地図上ではその高低差が分かりにくいのですが、実際に行ってみると坂が多いこと多いこと。故郷の長崎みたいでした。すり鉢状に都市が広がっていて、高所から見下ろすとその眺めはすばらしいです。治安的にいろいろ言われていますが、普通に歩く分には問題はないかと思います。ただ、ケチャップ強盗や首絞め強盗などは現実として多発しているので最低限の注意は必要です。あと、標高が3600mレベルなので頑張って歩き回りすぎると高山病の症状が出やすいので要注意。見所はそんなに多くはないですが、物価が安い、首都なのでいろんなものが揃うということで長期で滞在している人も多いみたいです。宿は初日がHotel AlemツインBs.60(朝食付き)でした。部屋数は多いものの空室が多く、雰囲気はちょっと暗め。シャワーは電気式のホットシャワー。でもかなりホットなお湯が大量に出ます。サガルナガ通りに面しています。2日目以降はHotel AustriaツインBs.50でした。全体的に明るい雰囲気で、部屋も広めでした。シャワーはガス式。結構ホットです。ただ、上階がバーみたいな場所で夜は歌ったり踊ったりする音が響いてうるさいときもあるかもしれません。ムリリョ広場付近にあり、移動にも便利。ランドリーサービス有り(Bs.7/kg)向かいに中華料理屋があり、Bs.12程度で2人前ぐらいのチャーハンが食べられます。

ウユニ世界最大の塩湖であるウユニ塩湖のゲートシティになります。といっても、こじんまりとした田舎町でのんびりとしています。田舎なので治安的にも落ち着いているみたいで、夜でも普通に歩くことができました。ウユニ塩湖雨季のため、薄く水が張っている状態でしたが、空がきれいに映し出されて幻想的でした。まさに空を飛ぶ感覚。ツアーのシーズンは乾季なのですが、雨季を薦める人も多く、実際に訪れるとそれが納得できました。とにかく美しかったです。ウユニでの目的はこの塩湖だけだったのですが、雨季で道路陥没などが起きたり、鉄道が止まったりと足止めをくらい、結果的に4泊もしてしまいました。同じように足止めを食らう人も多く、町には何をするでもなく談笑する欧米系バックパッカーがあふれていました。宿について。列車でオルーロから来たのですが、到着時間が午前3時。目星をつけていた宿は満室で入れず、他の宿も深夜なので戸を閉ざしていて呼んでも応答なし。もしかしたら野宿か、と思っていたら、しっかりと宿の客引きがいまして、仕方ないのでついて行って宿をとりました。Hostal Sajamaという宿でツインでBs.80(シャワー・トイレ付き)でした。シャワー・トイレ別だとBs.40なのですが、満室ということで仕方なしにここでチェックイン。ウユニで結果的に足止めを食らうことになるので、その際は安い方にも泊まりました。シャワーはかなりホットなのが出ます。日当たりもよく、洗濯物も外に干すとすぐに乾きます。

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2005年3月11日 (金)

南米旅を終えて-ペルー

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ペルーではリマクスコマチュピチュプーノを訪問しました。全体的な印象としては、予想より治安的にも落ち着いていて旅行しやすい雰囲気だな、ということでしょうか。ペルー政府が観光立国を目指して旅行者向けの政策を行っている影響もあるのかもしれません。どこを訪れても観光警察がいますし、一般の方々も道を尋ねたりすると親切に教えてくれました。クスコ郊外では高山病で倒れかけたところを現地の人に助けてもらったりもしました。

リマは首都だけあってかなり発展した大都会でした。空港周辺や旧市街など治安が悪い地域は雰囲気もピリピリしていましたが、新市街などは落ち着いていて気軽に街歩きもできました。サンクリストバルの丘までのスラム地域はさすがにヤバイ雰囲気たっぷりでしたが。リマは物価が地方に比べて異様に高いので、宿代を含めかなりの額が飛んでいきました。なので、早々に退散して次の都市クスコへ移りました。リマでの宿は「ペンション当山」です。比較的宿代が高めのところなのですが、南米1日目ということもあり、30時間の移動疲れもあったので少し奮発。オーナーのぺぺさんも親切な方で快適に過ごすことが出来ました。ツインUS$26。

クスコインカ時代の面影を残しながら西洋化された町並みがキレイなところでした。アルマス広場周辺のライトアップも幻想的で良かったです。首絞め強盗が横行する町と聞いていたので警戒していましたが、ありがたいことにそういった雰囲気はほとんどありませんでした。細い路地や人気の無い場所などで狙われるようです。ちょうどこの時期は祭りと重なっていて、町中のいたるところで水掛けたり泡スプレーを掛け合ったりしていました。旅行者も例外なく狙われます。物取りではなく単純に遊んでいるだけなので、笑い飛ばせるぐらいの余裕があるといいかも。逃げようと走ると、高山病になる可能性もあるので注意。宿はアルマス広場から徒歩5分の「Hostal Rojas」。ホットシャワーは電気タイプなので湯量は少なめ。暖房は無いけど毛布完備。シングルUS$5。

マチュピチュはご存知の通り世界遺産にも指定されたインカ帝国が築き上げた謎の遺跡です。アンデス地域は雨季のため、午前中は雨にやられましたが、午後からは晴れてきました。山の天気は変わりやすいです。クスコから向かうと標高が下がるため、高山病の症状が和らぐとともに、気温が上がるので、歩き回ると汗ばむくらいです。『地球の歩き方』に代表されるようなガイドブックが提示している各種料金はほとんど値上がりしています。入場料は据え置きでした。マチュピチュ及びふもとのアグアスカリエンテスでは滞在していません。

プーノ標高3800mにあるため、気温が低く、夜はかなり寒いです。ちょうどカーニバルの時期でかなり賑わっていました。ここも首絞め強盗が出没するとのことなんですが、繁華街を離れると急に寂しい雰囲気になるので注意が必要かもしれません。鉄道駅周辺に安い食堂が並んでいるのでリーズナブルに食事できます。宿は「Hostal Los Uros」。繁華街からは少し離れた場所にありますが、鉄道駅のすぐ近くです。人気の少ない通りにあります。旅行社併設。トリプルs/.60(バス・トイレ付き)。なぜかベッドは6つもありました。ドミトリーとしても使えるのかも。ただ、宿の料金表にはシングル・ツイン・トリプルしかありませんでした。

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2005年3月 7日 (月)

成田から自宅へ帰還<2005.03.07>

成田を出たのが16時過ぎ。日暮里を18時前に経由して、新宿に18時半頃に到着。まさに帰宅ラッシュの時間。予測はしていたけどやっぱりすさまじいです。始発で乗れるんですが、整列乗車中。押し込んでようやく乗れるぐらいのラッシュ状態なので、数本見送って最前列で乗車。バックパックは邪魔なので棚の上に置いて、ちょっとうとうと。と思ったら既に最寄り駅到着。疲れてるんだなぁ、とか思いながら急いで下車。そこからバスを乗り継いで、徒歩5分でようやく自宅到着。1ヶ月ぶりの我が家。何も変わってなかったですけどね。そしてこうしてBLOGを更新しております。なんとか無事に何事も無く帰宅できて良かったです。ほぼ24時間移動だったので疲れました。ゆっくりと休むことにします。旅の総括はまた後ほど。

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カナダ・トロントから日本・成田へ(帰国)<2005.03.06-07>

とうとう帰国の時がやってきました。昨日と一昨日は晴天ですがすがしかったのですが、今日は一転して雪がちらつく朝でした。飛行機が無事飛び立てればいいですけど。でも、雪国だし、その対策は出来てるはずですよね。

宿を後にして地下鉄とバスを使って空港へ向かおうとしたんですが、意外な場所で足止めを食らいました。普段は地下鉄は6時頃から動いているのですが、日曜は8時55分に駅が開くとのこと。不測にも地下鉄のゲートの前でオープンを待つことに。ちょっと遅めに8時半過ぎに出たので然程は待たなかったですけどね。

トロント・ピアソン国際空港まで地下鉄と市バスを乗り継ぐとたったの2.25ドルで行けます。しかも朝のオープン直後に改札通ったので、誰もおらず、料金箱に入れずに通過も可能な状態でした。コインが残っても仕方ないので、ちゃんと支払いましたけどね。

空港は先述の通り、まだ建設途中で寂しい空港なので、チェックインも並ばずにスムーズに終了。数少ないショッピングコーナーをうろついて、お土産にぴったりなメープルクッキーを購入。

もちろんのこと出国審査など無く、気がつけば搭乗ゲートの目の前。11時半過ぎには搭乗を済ませ、定刻の12時を少し遅れてスポットアウト。確か成田-トロントはB767-300ERだったはずなのに、機材はA340でした。3月になって機材のやりくりを変更したのかな。どちらにしろA340の方が広くて快適なので問題はないですが。

機体はエアカナダですが、一応ANAのコードシェア便であるので、日本人スタッフが半分くらい搭乗していました。なので、機内サービスはほぼ日本語でOK。彼らも日本人を見分けるのに慣れているのか、アジア系が多い機内でも、うまく英語と日本語を使い分けていました。さすがですね。

今回は通路側で、隣の乗客もカナダ在住フィリピン人のおばさんで穏やかでいい人だったので気楽だったのですが、トイレが真後ろにあるということで、トイレ待ちの列がそばに出来たり、ドアの開閉の音で目覚めたりと意外とゆっくりできませんでした。しかも、おそらくですけど、真後ろのトイレでタバコをたしなむ不届きな輩がいるらしく、センサー回避か何かの工作でもしているのかガッタンガッタンとすさまじい音を立てる。それも複数回。よくアテンダントにばれないものだな、と思いましたけどね。通報してやろうかと思ったけど。

13時間半のフライトを終え、カナダ時間の3月7日午前1時50分、日本時間の3月7日午後3時50分に成田空港に到着。南米各地を回ったので、健康調査の用紙を記入。正直に書いたら、そばに居た担当官から軽く質問を受けてしまった。すでに全快なので無罪放免で入国させてもらいましたけど。税関も通過してようやくロビーへ。久々の日本の空気、懐かしいですね。でも、ここから自宅のある東京の多摩方面はまだまだ遠い。

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2005年3月 6日 (日)

カナダ・トロント<2005.03.04-05>

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カナダ・オンタリオ州の州都トロントは大都市であり、かなり発展しています。世界一のタワーであるCNタワーや、オシャレなショッピング街、カナダ随一の金融街や、名門トロント大学など街歩きするにあたって見所たくさんです。

南米から来ただけあって、街のクリーンさ、も去ることながら、街並みの美しさはすばらしいです。街を歩く人たちも颯爽としているし、やっぱり欧米の国だなぁ、と実感。といっても、移民も多いので、中国系や韓国系などアジア系の人たちなどもたくさんいます。チャイナタウンはもちろん、コリアンタウン、ギリシャ人街、ポルトガル人街など各国の移民達が作った町がたくさんあります。

そう、何が問題かといえば、この寒さ。夏の南米からやってくればその寒さはさらに厳しく感じてしまいます。30度の世界から一気に氷点下の世界へ。一面雪景色のトロントはようやく氷点下の気温から脱出し始めている時期なのです。寒すぎて長時間は歩けないです。

宿は地下鉄キング駅近くのユースホステル。会員ではないので、ちょっと高かったですが。暖房も効いていて暖かいのですが、乾燥しまくっていて、ぬれたタオルも数時間でカラカラに。肌が弱い自分にとっては辛い環境です。

さて、明日はいよいよ本帰国。日本に戻ります。旅もいよいよ終わりです。

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